限界は突然来る
酔っ払って顔面から転んで右目の上が腫れている。
なんとなく、今日は無理そうな予感がしていた。
昼間に読んだ本が刺さりすぎて電車の中で思い出し泣きをしそうだったし、心が体から離れてゆらゆらしているような、完全に情緒が不安定だったからだ。
さらに飲み会は女子ばかりで気兼ねがなく、酒豪ばかりが集まって次々にワインボトルを空けていく。まわりのペースに合わせてわたしもどんどん飲んでしまった。
酔っ払ってヘベレケになりながら、先輩の財布から駅構内の洋菓子屋でシュークリームを勝手に買って食べた。
帰りの電車で吐き気がしてシュークリームが入っていた紙袋に戻した。もちろん紙袋は吐瀉物で破れたので慌ててエコバッグにそれを入れた。黒いワンピースの全面には吐瀉物がついたし、エコバッグの中にはカーディガンが入っていた。どれも吐瀉物まみれだ。
乗り換え駅でペットボトルの水を買い、歩きながらワンピースの全面を水で流す。胃酸の酸っぱい臭いを気にしながら地下鉄に乗り、最寄駅まで辿り着く。タクシーには乗車拒否をされると思ったからだ。
帰路の途中にある公園に水道がある。そこで吐瀉物を水で流してから帰ろうとした。蛇口をひねろうと腰を曲げたらそのまま転んだ。顔から。
むちゃくちゃに痛い。
情けなくなった。
そこで限界が来た。
ポンっとシャンパンボトルの栓が抜けるように、ポンっと限界が来た。
涙が落ちるとはよく言ったものだと失恋して泣くたびに思う。
流れる隙がないくらいポロポロ落ちる。分泌量が多いのだ。ゲリラ豪雨の雨粒のように大きな水が落ちてく落ちてく、落ちてく。
近所に住んでるおじさんが自転車で来た。どうしたのかと聞いてくる。不審者だと思った。そしてわたしも同じく不審者だと思われている。確かに不審者だ。
夜中の公園で号泣している女はやばい。
おじさんがいなくなっても泣き続けた。
そしたら知らないロシア人が来た。友達と約束していたのに友達が来なかったのだと言う。ロシアの、モスクワから日本に来たと言っていたその人はとても日本語がうまかった。
こんなときに、号泣しながらも普通に話せる自分の社交性に辟易する。
こんな人間でさえなければ、あの人を好きになったとしても関係を持つまでいかなかっただろうと思う。大衆でいたかった。大衆でいればこんな気持ちにならず、ある日突然限界を迎えることもなかった。
がんばって帰った。
エコバッグとワンピースは脱いですぐお風呂場の浴槽に投げ入れた。朝起きたらお風呂場から酸いた臭いがした。
服を脱いでパンツだけになって、そのあとも床で泣いた。いくらでも泣けた。
頭の中でこんな夜に電話をかけてもよさそうな人を思い返した。
二十代前半の頃は友達からもよく夜中に電話がかかってきた。それなのに最近はそんな電話がなくなった。みんな大人になったのだ。
電話はかけれなかった。
こんなときに頼ってしまったら、もしも男の人に頼ってしまったら、そこから始まってしまうと思った。だからかけれなかった。
かければよかったかもしれないと、今冷静になっては思う。
失恋をしたと話すとみんな好き勝手に言う。新しい恋をしたらとか。他に好きな人がすぐできるよとか。そうかもしれない。そうかもしれないけど、そうできない。
毎日毎日、もうやめようやめようと思っている。
なのにまだ、気になってしかたがない。いやだ。